CINEMA
映画が描く、人生に必要な旅
インドの花嫁たち、89歳退役軍人と妻 人生を変え、人生に幕を下ろす旅路へ
人生を変えるチャンスを掴む旅に、人生を追想する旅。この秋に公開される新作映画から、旅する姿が印象的に描かれた『花嫁はどこへ?』と『2度目のはなればなれ』を紹介する。
花嫁が満員電車で取り違えられた!? 運命のイタズラを推進力にする女性たち
『きっと、うまくいく』(2009)などに主演し、俳優として高く評価されるのみならず、自らプロダクションを設立し、プロデューサーとしても活躍するアーミル・カーン。そんなインドが誇る映画人が原案となる脚本を発掘し、自らはプロデュースを担い、監督はインド映画界の逸材キラン・ラオに託し、ユーモラスで情感豊かな1本を世に送り出す。描かれるのは、同じベールで顔を覆ったふたりの花嫁が取り違えられたことをきっかけに、育ちも性格も異なる女性ふたりが予期せぬ旅を通して新たな価値観を手にし、可能性を広げていく姿。第97回アカデミー賞国際長編映画賞のインド代表にも選出されるなど、世界的に高い評価を得ている。
取り違えられるふたりの花嫁を演じるのは、ニターンシー・ゴーエルとプラティバー・ランター。運命のイタズラに振り回される花婿のひとりを演じるのは、スパルシュ・シュリーワースタウ。飛躍が期待されるインドの次世代スターが集結し、それぞれ好演している。
多くの出会いを経て多くを学び、生まれて初めて自分の手で人生を切り拓いていく女性たちを応援したくなること請け合い。たくさん笑った後にあたたかい涙がこぼれるインド映画の秀作がまたひとつ生まれた。
point of view
インドでは今なお多くの結婚が家同士で決められ、花嫁が花婿をほとんど知らないまま結婚するケースも珍しくはないという。また、日本で言うところの大安吉日に結婚するカップルが多い上、ほとんどの花嫁はベールを深く被って顔を覆い隠したまま、花婿が住む家へと旅立つそう。つまり、“花嫁が取り違えられる”のはありえる話というワケだ。
運命のイタズラから想定外の旅をすることになったふたりの花嫁、プールとジャヤ。プールは内気で従順、教育も受けられず、因習に基づく“ちゃんとした女性像”を叩きこまれて生きてきた。自分が知る世界がすべてであり、“外の世界”があろうとは思いもしなかった。一方のジャヤはしっかり者で聡明。“外の世界”で学びたいと思っているが、世間が許してくれない。そんな、生き方も価値観もまったく違うふたりの女性が行くはずのなかった場所に行き、出会うはずのなかった人たちに出会い、人生を変えるチャンスを得ることになる。
とりわけ、ふたりが出会う女性たちが印象的だ。それぞれの考え方を持って生きる女性たちに影響されたり、逆に影響を与えたりしながら、プールとジャヤは自身の胸に問いかける。どう生きていきたいのかと。大切なのは選択を人任せにしないこと。彼女たちを観ていると、そんなメッセージが自然と伝わってくる。旅して人生を変える女性たちに泣き笑い必至。観る人をあたたかく励ますような1本に仕上がっている。
『花嫁はどこへ?』
https://movies.shochiku.co.jp/lostladies/
2024年/インド/124分
監督・プロデューサー | キラン・ラオ |
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プロデューサー | アーミル・カーン ジョーティー・デーシュパーンデー |
出演 | ニターンシー・ゴーエル プラティバー・ランター ほか |
配給 | 松竹 |
※10月4日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開
©Aamir Khan Films LLP 2024
名優マイケル・ケインの俳優引退作 終わりを悟った老夫婦の人生最後の旅
『ハンナとその姉妹』(1986)、『サイダーハウス・ルール』(1999)で二度オスカーを獲得したマイケル・ケインと、『恋する女たち』(1969)と『ウィークエンド・ラブ』(1973)で同じく二度オスカーを獲得したグレンダ・ジャクソン。『理想の結婚』(1999)を手がけたオリバー・パーカー監督のもと、名優ふたりが50年ぶりに二度目の夫婦役で二度目の共演を果たし、89歳の退役軍人がノルマンディー上陸作戦70年記念式典に参加するためケア・ホームを抜け出したという実話をもとに、老夫婦の愛の物語を描き出す。マイケル・ケインは本作をもって俳優引退を宣言し、グレンダ・ジャクソンは本作が本国イギリスで公開される前に逝去し、本作が遺作となった。
主人公の夫婦が離れ離れになるのは、これが人生で二度目。もう決して離れないとかつて妻に誓った夫は人生が終わりに近づく中、もう一度だけ旅をする。そんな夫を後押しした妻の胸のうちとは――。
point of view
89歳のイギリス人退役軍人バーニーは妻と一緒に余生を過ごすケア・ホームを抜け出し、かつて死闘を繰り広げ、一生の心の傷を負ったフランスのノルマンディー海岸へと旅立つ。その旅の最中にフラッシュバックする、悲惨な戦争の記憶。バーニーは海を渡ってフランスへと向かいながら自身の過去も旅することになる。
そんなバーニーの背中を押し、自らはケア・ホームに留まる妻レネの心の旅も描かれる。戦争によってバーニーと引き裂かれた日々を振り返り、夫の不在を改めて嘆き、夫と共にあった人生の意味を再確認することに。そして、バーニーとレネ夫妻は手を取り合って、人生の旅の終着点へ。本作が描く旅はひとつではない。さまざまな旅を折り重ねつつ、人生の深みと夫婦の愛を伝えている。
そして何より、マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンの演技が素晴らしい。ドラマティックな展開なだけに、重々しく感傷的に演じることもできたはずだが、名優たちはそうはしなかった。感傷をあおらず、時にほのぼのとしたユーモアをにじませつつ、飾らずにそこにあることを選択。笑いが時に悲惨な状況を救う光になるのだと、感動は作るものではないのだと、その身をもって伝えている。名優ふたりの“演じる旅”の終わりを見届けられる幸せも噛み締めたい。
『2度目のはなればなれ』
2023年/イギリス/97分
監督 | オリバー・パーカー |
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出演 | マイケル・ケイン グレンダ・ジャクソン ほか |
配給 | 東和ピクチャーズ |
※10月11日(金)より全国公開
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