FLYING POSTMAN PRESS

二度とはない時間を描いた映画

あの1日、あの日々を忘れない
大切な人と過ごす、二度とはない時間

 『夏の終わりに願うこと』の娘と父、『エターナルメモリー』の妻と夫。大切な人との別れの気配が漂う中で、共にかけがえのない時間を過ごす。そんな様子を映した、この夏公開の2本の秀作を紹介する。



病気療養中の父に会うため祖父の家へ
7歳の少女が“別れ”を知る夏の1日

 これが長編2本目となるメキシコの新鋭リラ・アビレスが監督と脚本を務め、第73回ベルリン国際映画祭エキュメニカル審査員賞を受賞したほか、世界各地の映画祭で称賛された1本。病気で療養中の父と久しぶりに再会する7歳の少女の1日、その揺れ動く心情を、ドキュメンタリーさながらのリアルで親密な映像の中で描いていく。

 主人公の少女を繊細に演じるのは、映画初出演のナイマ・センティエス。家族の大人たちを演じるモンセラート・マラニョン、マリソル・ガセらと、見事なアンサンブル演技を披露。時に調和し、時に不協和音となる家族の旋律を響かせる。

 喜び、悲しみ、希望、落胆…言葉にはできない少女の思いが渦巻く夏の1日。その終わりに少女が願ったこととは──。


point of view

 7歳の少女・ソルを中心に据えつつ、彼女の父・トナの誕生日パーティーが開かれる夏の1日を映した本作。その映像の質感といい、カメラと被写体との距離の近さといい、その場に漂う親密な空気といい、ホームビデオを観ているかのようだ。映し出されるのはなんてことのない家族の日常、響きわたるのは家族が交わす何気ない会話や生活音。起承転結を明確にして物語るものではなく、それらディテールの集合体が組み合わさって自然と豊かなストーリーを伝えるものになっている。

 トナの病状と対処法を巡って大人たちはざわつき、一方で子どもたちは無邪気に家中を駆け回る。ソルはそのどちらにも加わることができず、家の中に満ちた空気からさまざま察し、不安や苛立ちを募らせていく。ソルが渦巻く思いを口にすることはほぼない。だが、その表情の変化、大人たちに向ける眼差しの変化が、彼女の心が波打つ様を雄弁に物語っている。

 少女はこの日、近いうちに父と別れなければいけないことを悟る。二度とはない1日を過ごす少女、その眼差しは観る側の心にも突き刺さり、ざわめかせるはずだ。


『夏の終わりに願うこと』

https://www.bitters.co.jp/natsuno_owari/

2023年/メキシコ・デンマーク・フランス/95分

監督・脚本 リラ・アビレス
出演 ナイマ・センティエス モンセラート・マラニョン マリソル・ガセ ほか
配給 ビターズ・エンド

※8月9日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

©2023- LIMERENCIAFILMS S.A.P.I. DE C.V., LATERNA FILM, PALOMA PRODUCTIONS, ALPHAVIOLET PRODUCTION



25年連れ添ったパウリナとアウグスト
ふたりの日々を綴る真実の愛の物語

 監督は、『83歳のやさしいスパイ』(2020)で第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたチリ出身のマイテ・アルベルディ。第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に二度目のノミネートを果たした本作では、チリの国民的俳優であり、チリで最初の文化大臣となった妻・パウリナ・ウルティアと、著名なジャーナリストであり、アルツハイマーを患う夫のアウグスト・ゴンゴラを4年にわたって追いかける。

 病と闘いながらもやさしさとユーモアを絶やさず、自然に囲まれた家で日々を丁寧に暮らすカップルの姿を中心に、パウリナ自身が撮影した夫婦の親密な瞬間、アウグストがかつて記録していた家族の日常の様子も織り交ぜつつ、ふたりの物語を紡いでいく。

 感動的なドキュメンタリーであり、真実のラブストーリーでもあり。その愛と癒しの日々が胸を打つ。


point of view

 パウリナとアウグストの暮らしぶりはあたたかくてやさしくて、時にユーモラスで笑みがこぼれることもしばしば。もちろん、一方がアルツハイマーを患った夫婦の生活が容易ではないことは端々から見て取れる。それでも、ふたりを観ているとなんだか、“幸せ”という言葉が浮かんでくる。

 うまくいくことばかりではなく、むしろ、大変なことのほうが多いけれど、25年連れ添ったパートナーを尊重し、その人らしさを最後まで守ろうとする妻。記憶が薄れゆく中、混乱し、途方に暮れながらも愛だけは示し続ける夫。ふたりの日々が終わりに近づいていることは、多分、お互いがわかっている。でもだからこそ、そこに至るまでの1日1日を慈しもうとするその姿に、どうしようもなく胸が熱くなる。

 別れの気配が強まるほどに倍音で響いてくるのは、愛し愛される人と共に生きる喜び。ある真実の愛を讃えるドキュメンタリーが誕生した。


『エターナルメモリー』

https://synca.jp/eternalmemory/

2023年/チリ/85分

監督 マイテ・アルベルディ
出演 パウリナ・ウルティア アウグスト・ゴンゴラ
配給 シンカ

※8月23日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国公開

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