FLYING POSTMAN PRESS

名匠たちの新たな一手、映画の魔法

ヴィム・ヴェンダースが伝えるアート
アレクサンダー・ペインが描く人生
名匠たちの映画の魔法にかけられて

 ヴィム・ヴェンダース監督とアレクサンダー・ペイン監督が、また新たな名作を生みだした。戦後ドイツを代表する芸術家を追ったドキュメンタリー『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』に、寄り添うことで失望を乗り越えていく人々を描いた『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』。名匠たちの魔法にかかる、特別な映画時間を。



ヴェンダースが映すアンゼルムの世界
3D&6K撮影の没入型ドキュメンタリー

 1945年にドイツに生まれ、第二次世界大戦後のドイツを代表する芸術家となったアンゼルム・キーファー。ドイツの暗黒の歴史や神話などをモチーフにした絵画、彫刻、写真、版画、建築物で知られる芸術家の生涯と創作の秘密を、同じく1945年にドイツに生まれた名匠ヴィム・ヴェンダースが2年半にわたって追いかけ、3D&6K撮影の体感型ドキュメンタリーへと仕立て上げた。

 アウトプットの形は多彩でありながらテーマは一貫し、戦後ドイツのアイデンティティと向き合い、自身の作品によって傷ついた者たちへ鎮魂の祈りを捧げてきたアンゼルム・キーファー。熟練の観察者であるヴィム・ヴェンダースは、彼のアートを観客に体感させる手法を取った。それは、映画を観ながらにしてアンゼルムのアートの中に身を置いているように思えるほどの圧倒的な没入感。壮麗な映像叙事詩がここに。


point of view

 ひたすら観察を積み重ねながらエモーションを溜めていき、やがて一点を突いてそれを決壊させ、観る側の胸を激しく揺さぶる。ヴィム・ヴェンダース映画の特質のひとつに、そういったものがあるように思う。『ベルリン・天使の詩』(1987)、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999)、『PERFECT DAYS』(2023)などの名作がそうであるように。さらに、ヴィム・ヴェンダースは『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011)によって、3D映画とアートの親和性の高さを示してみせた。本作はその進化系。ヴェンダースの観察力はさらなる高みへと至り、3D映画のポテンシャルも最大限に引き出している。

 ひと口に言えばアートを体感できる映画だが、その体感は美術館やギャラリーでアートを鑑賞する際のそれとはひと味違う。観る側がアンゼルムのアートの中にいるかのように没入できるだけではなく、その世界は詩情に満ちていて、深遠で美しい。アンゼルム・キーファーのアートの中で呼吸しながら、さまざま感じ、思いを巡らせ、心を揺らす。それは新しい、特別な映画体験となるはずだ。


『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』

https://unpfilm.com/anselm

2023年/ドイツ/93分

監督 ヴィム・ヴェンダース
出演 アンゼルム・キーファー ダニエル・キーファー アントン・ヴェンダース ほか
配給 アンプラグド

※6月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国順次公開

©2023, Road Movies, All rights reserved.



アレクサンダー・ペインの真骨頂
胸に沁みるクリスマス映画の新たな名作

 『サイドウェイ』(2004)と『ファミリー・ツリー』(2011)でアカデミー賞脚色賞に二度輝いたアレクサンダー・ペイン監督の最新作。クリスマス休暇中、全寮制の名門校に留まらざるを得なくなった教師、生徒、料理長の3人が思いがけず絆を深めていく様子を、ほろ苦くもあたたかな眼差しで描き出す。

 

 生真面目で融通が利かない古代史の教師に、『サイドウェイ』でもアレクサンダー・ペインとタッグを組んだ名優ポール・ジアマッティ。勉強はできるが反抗的で、家庭にも問題を抱える生徒に新人のドミニク・セッサ。戦争でひとり息子を喪った料理長の孤独と痛みを見事に体現し、第96回アカデミー賞で助演女優賞を受賞したのはダヴァイン・ジョイ・ランドルフ。人生の悲哀を伝える脚本、人間の本質を映す演出、それぞれの妙演が溶け合って胸に響く、クリスマス映画の名作がまたひとつ生まれた。


point of view

 ほとんどの人が家族と共に過ごすクリスマス休暇中、全寮制の名門校に留まらざるを得なくなった3人。気の置けない友人同士、というわけでもない。反りが合わない教師と生徒、戦争で息子を喪った料理長という組み合わせだ。そんな3人が思いがけず孤独な魂を寄り添わせ、自分以外のふたりの痛みに共感し、失望を乗り越える方法を教え合う。その様子を可笑しさと哀しさを調和させつつ描き出した本作は、アレクサンダー・ペインの真骨頂と言える。

 また、主要キャスト3人がそれぞれ絶妙な演技を披露している。教師役のポール・ジアマッティはニュアンス豊かな台詞回しで引きつけ、生徒役のドミニク・セッサは少年の鋭さともろさの両方を伝え、料理長役のダヴァイン・ジョイ・ランドルフは深い悲しみとかすかな希望を言葉少なに体現する。

 脚本、演出、演技の三拍子を揃え、日常にある心の機微を感じ取れるものとした秀逸な人間ドラマ。観た後に胸に抱く思いを大切に留めたい。


『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

https://www.holdovers.jp

2023年/アメリカ/133分/PG-12

監督 アレクサンダー・ペイン
脚本 デヴィッド・ヘミングソン
出演 ポール・ジアマッティ ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ ドミニク・セッサ ほか
配給 ビターズ・エンド ユニバーサル映画

※6月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開

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