「美女とは守らなくてはいけないものを守れる人」―細田守監督が語る『竜とそばかすの姫』で“描きたかったこと”

  • 名古屋

現在大ヒット上映中の細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』。かつて『サマーウォーズ』で描いたインターネットの世界を舞台に、『時をかける少女』以来となる10代の女子高生を主人公に迎えて紡ぎ出すのは、心に大きな傷を抱えた主人公が悩み葛藤しながらも懸命に未来へ歩いていこうとする勇気と希望の物語だ。
想像を超えたアニメーション映画“未開の境地”へとたどり着いた本作について、細田監督に話を聴いた。


『竜とそばかすの姫』の公開おめでとうございます。

ありがとうございます。コロナ禍で万全とは言えない状況ではありますが、そんな中でも皆さんに足を運んでいただけてとても嬉しいです。

本作では「歌」がキーワードの一つになっていますね。

はじめはミュージカル映画にしたいと思っていたんですよ。本作は僕が大好きな「美女と野獣」をモチーフにしていて、1991年に公開されたディズニーの『美女と野獣』もミュージカル映画でしたから。たくさんのミュージカルアニメを作っているアメリカではまず音楽を作り、オーディションをしてから絵を描くのですが、日本ではその手法が取れなくて。先に絵コンテを描き、それを元に曲を作りました。音楽が無い状態で音楽シーンを描くのは大変でしたが、そのおかげで作曲家の方々にもイメージをパッと掴んでいただけました。

主人公のすず役に中村佳穂さんを抜擢された理由を教えてください。

2年前、奈良の靴屋でのライブを観に行ったのが彼女との出会いでした。もちろんその時は芝居についての実力はわからなかったのですが、どこか引っかかるところがあって。オーディションに来てもらい、セリフを呼んでもらってその表現力の高さに驚きました。「彼女を選ぶのに勇気がいったでしょ?」とよく言われますが、そんなことはありませんでした。逆に“有名さ”でキャストを選ぶ人は信用できません。『時をかける少女』の仲里依紗も、『サマーウォーズ』の桜庭ななみも、『バケモノの子』の広瀬すずも、お願いしたときはまだそこまで有名ではなかったですが、今や日本の映画界を代表するような方々です。そういう才能との出会いが映画の面白さです。これだけ新鮮な力の持ち主は中村佳穂の他にいない。彼女が正解なんです。

先程「美女と野獣」がモチーフになっているとおっしゃっていましたが、すずはこれまでのベル像とはイメージが違います。

「美女と野獣」の何が好きかというと野獣の二面性なんです。暴力的な面もありながら、本当は全く別の心を持っている。だから美女にも二面性があればいいな、インターネットの世界で中心になる人の正体が、実は自然がきれいな場所で橋の上にぽつんと佇んでいるようなおとなしい女の子だったら面白いなと。それに、現代における美女とはどんな存在なのかというと、見た目が美しい人ではなく、守らなくてはいけないものを守れる人だと思うんです。その生き方や何かを乗り越えてきた証が人を美女にする。だからびしょ濡れの泥だらけになって、しかも顔に傷まで作らされて、それでも立ち向かうすずの姿を描くことで、18世紀に創られた「美女と野獣」を現代にアップデートしました。

そんな現代の美女であるすずの身体的特徴にそばかすを選ばれたのはなぜなのでしょうか。

小学校のころ、とても可愛らしいそばかすの女の子がいたんです。周りはそばかすもチャームポイントだと思っていたのですが、本人は気にしていたみたいで。「キャンディ・キャンディ」の曲でも「そばかすなんてきにしないわ」と歌われているように、僕たちの世代だと気にしている人が多かったんです。でも今の若い人たちは違う受け止め方をしている気がします。これまでは外見は人からどう思われるかを重視してきましたが、今は自分が主体的にどう感じているかが大切。だからチャームポイントとしてそばかすを描きました。

すずのまわりには、同級生の友だちだけでなく、地域の大人たちもいて、その大人たちが、すずの行動を応援してくれているという関係性も素敵でした。

本作の舞台となっている高知県は少子化と過疎、高齢化に苦しんでいる地域です。作中に出てくる廃校のモデルとなった能津小学校は、まだ廃校にはなっていないですが、先生は7人いるのに生徒は5人しかいない。教頭先生にお話を聞くと、少ない子どもたちのために何ができるのかをずっと考えていて、親だけでなく地域の人みんなで子どもを支えているなと感じられました。最近は家族や地域というものが蔑ろにされていますが、本当は若い人や子どもたちが生きていくうえで大切なものなんです。


『サマーウォーズ』でもインターネット上の仮想空間OZが描かれていましたが、今作に登場する〈U〉はさらにスケールアップしています。この壮大な世界はどんな風に構築されていったのでしょうか。

OZは若い人を中心に10億人が参加する世界と設定しましたが、10年たった今ではFacebookの登録者数が12億人になっていて、現実に抜かれてしまいました。ならば次はなかなか超えられないであろう50億人が参加する仮想空間を作ろうと。あのころに比べると、インターネットの世界は複雑になっていて、誹謗中傷も話題になっています。そんな風に社会問題もしっかり反映されるような、まさに“もう一つの世界”だと実感してもらえるような空間にしています。デザインをしてくれたのはイギリスに住む若い建築家です。彼の作品をインターネットで見つけてお願いをしたのですが、そんな風に出会った人と一緒に作品の世界観を構築できるってすごいことですよね。そんな可能性がある世界なんですから、誹謗中傷なんてしている場合ではないですよ。

アニメーションの制作で苦労した点などはありますか?

現実世界は手描き、Uの世界はCGとコンセプチュアルに分けて制作したのですが、ベルと竜の気持ちがお互いに通じていく様子をCGで表現するのには様々な苦労がありました。CGで感情表現がうまくできている日本にアニメーション作品って、ほとんどないですんです。この作品では才能のあるアニメーター達が、何度もリテイクを重ねてくれたことで、その壁を突破することができました。

今作にも、監督の作品ではおなじみのクジラが登場しています。

高知沖ではクジラを見ることができるし、酔鯨という地酒のラベルもにクジラのしっぽが描かれているから…、というのは冗談で(笑)。クジラやオオカミのように、人間によって勝手なイメージを押し付けられた動物が好きなんです。オオカミは中世ヨーロッパのキリスト教の中で悪者として位置づけられ、クジラはハマーン・メルヴィルの『白鯨』では人間が自然を克服した象徴として描かれているかと思えば、いつの間にか平和の象徴になっている。今作に出てくるクジラはファイナルファンタジーシリーズの美術監督にデザインをしていただきましたが、ゲームのように虚構とも現実ともつかないようなデザインに仕上がっています。


『竜とそばかすの姫』
©2021 スタジオ地図

【STORY】

50億人がすれ違う
美しくも残酷な仮想世界。
ベルの歌声は世界を変える―

17歳の女子高校生・すずは、幼い頃に母を事故で亡くしたことをきっかけに歌うことができなくなっていた。曲を作ることだけが生きる糧となっていたある日、親友に誘われ、全世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界<U>に参加することに。<U>では、Asと呼ばれる自分の分身を作り、まったく別の人生を生きることができる。歌えないはずのすずだったが、「ベル」と名付けたAsとしては自然と歌うことができ、歌姫として世界中の人気者になっていく。数億のAsが集うベルの大規模コンサートの日。突如、轟音とともにベルの前に現れたのは、<U>の秩序を乱す「竜」と呼ばれる謎の存在だった。

現実世界の片隅に生きるすずの声は、たった一人の「誰か」に届くのか。
二つの世界がひとつになる時、奇跡が生まれる。

監督・脚本・原作 細田守
声の出演 中村佳穂 幾田りら 玉城ティナ 染谷将太 成田凌 役所広司
メインテーマ millennium parade × Belle『U』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
企画・制作 スタジオ地図
配給 東宝
大ヒット上映中!