時代の裏面から逆照射し続ける井筒和幸監督の真骨頂にして集大成――映画『無頼』。

  • 福岡

『パッチギ!』などで知られる鬼才・井筒和幸監督が、『黄金を抱いて翔べ』以来8年ぶりとなる長編映画に臨んだ『無頼』が12月12日(土)より公開。終戦直後から平成の到来までの激動の時代を、社会からはじき出されたヤクザ者たちの視点で描く群像活劇。変転の昭和という時代をアウトサイダーたちの生きざま、死にざまを通して裏面からリアルに炙り出す、いわばもう一つの戦後史。奇跡の高度経済成長やオイルショック、そしてバブル期など実際の事件、社会風俗などをふんだんに盛り込んで、松本利夫(EXILE)扮する主人公・井藤正治が駆け抜けた生き様を描いている。一貫して社会のあぶれ者を描いてきた井筒監督の集大成。その想いに触れた。

……まず8年ぶりとなる本作。どんな思いで本作に臨まれましたか?
「ヤクザ者や不良者の映画をたくさん描いてきたけど、下層社会のあぶれ者、はみ出し者に誰でも好き好んでなりゃしない、よほどの決心をしないと。親に見捨てられたとか極貧、被差別部落や出自、門地の問題、そんな境遇や理由によって追いやられていることで、はぐれ者って出てくるんですよ。頼れる家族もなく、社会から弾き出されてしまう。そういう差別事情が続く限り、ヤクザ社会というものはなくなりません。もちろん暴力団を撲滅する法律で縛っていけば消えますよ。でも、すぐに職が見つかって堅気に戻れるのかと。その家族はどうするんだと。子供たちはどうするんだと。幼稚園にも行けない、銀行の口座が持てないし。法はそこまで分かった上で作ったのかずっと疑問がありました。そのことだけじゃないけど、様々な境遇から成り立つヤクザ社会を、戦後の欲望に満ちた昭和史と共に見つめてみることが僕のやることだろうと、この作品に臨みました。そんなアウトローな人間模様を改めて紐解くことで、反面教師のヒントにもなるんじゃないかと思います。だから昔の任侠映画の「最後はオトシマエつけに切り込みだ!」なんていうのではなく、その特別な人間関係、ヤクザの文化人類学という視点も持って作りました」

……約2時間半に渡る大作ですが、展開ごとに年代の説明がありすごく観やすい作品でした。
「1956年から始まるので、分かりやすく作らないと若い子に観てもらえないかと。この映画は叙事詩として作り上げたかったから長くなるだろうと最初から分かっていたので、年代を追って一家の物語を語っていけるような展開にしました。戦後、孤児となった出自から始まり、その後ヤクザになるまでの青年時代、そして一家のことをどう考えて高度経済成長と共に生き、どんな風に欲望を太らせてバブル社会を生きたのか。それらを順に見せることで年代記になればと。主人公と同時代ではない僕は1956年は4歳ごろでしたけど、でも、周りも貧乏人ばかりでしたし、高度経済成長へ向かう時代背景も考えると、自分史でもありますね。隣にいたおっちゃんを見ているような」

……現代の若者と違いを感じることは?
「今の若い子は欲がないな。俺たちは金なかったけど欲はあったな。諦め慣れているというか最初から欲を知らない世代なんだろうね。服も安い物で間に合ってるし。やはり熱量が違いますね。欲があるからヤクザにもなったし、清く貧しく慎ましくではなく派手に生きたい。しかも社会から阻害されているから余計に派手な服も着たくなる。派手な物を身に纏うことで社会の一員であるという承認欲求を満たしていたんですよ。それと今でも不良集団みたいなものも存在しているけど、人間関係が希薄でハッキリしない、見えてこない。昭和の時代のヤクザ者は親分、子分、義兄弟の関係性という疑似家族の社会には絆や団結が目に見えてありました」

……井筒監督がそういった社会のあぶれ者を描き続ける理由は?
「理由は簡単です。そういう社会だからです。社会の中心部なんて実は何もなくて、ただの空洞に権力がいるだけで。そんな差別や疎外によってギリギリのところでしか生きざるを得ない子供や大人たちを見てきたし、居場所のない世界で何とか生き抜こうとする者たちを見つめたいというか、そこにドラマがあるし、本当の庶民史を描けると思っています」

……激動の時代を駆け抜けた主人公・井藤正治を演じた松本利夫(EXILE)さんとはどんなお話を?
「彼のことは『黄金を抱いて翔べ』(2012年公開)が終わった時にEXILEのプロデューサーから紹介されました。30歳くらいから60歳くらいまでを演じられる役者が中々見つからなかった時に、彼のことを思い出して顔も昭和顔だしちょうど良いなと。演技については昔よくあった任侠映画みたいな格好つけたオーバーな芝居ではなく、自然にやってほしいと。そういうリアリズムを要求しただけでしたけど、自分なりに考えながらよくやってくれたと思いますよ」

……女性の映画ファンに向けて本作の楽しみ方を教えてください。
「きっと母性本能がくすぐられると思いますよ(笑)。実際にご覧になった女性は、切なくて胸にグッとくるものがあったようです。母親のいない社会で育って、本当の母親像を知らない組の男たちが蠢いて這い上がろうとする姿はハラハラするし、見守るような気持ちになって情が湧いたんでしょうね。それとある女性の記者さんがおっしゃってましたけど、今は頼り甲斐のない優柔不断な男性が多すぎるから、ここに登場する男たちの世界を見ていたら、ちょっと惚れましたよと言うてました(笑)」


STORY
太平洋戦争に敗れ、貧困と無秩序の中にいた日本人は、焼け跡から立ち上がり(理想の時代)、高度経済成長の下で所得倍増を追い(夢の時代)、バブル崩壊まで欲望のままに生き(虚構の時代)、そして、昭和が去ると共に、その勢いを止めた。その片隅に、何にも頼ることなく、一人で飢えや汚辱と闘い、世間のまなざしに抗い続けた“無頼の徒”がいた。やがて男は一家を構え、はみだし者たちを束ねて、命懸けの裏社会を生き抜いていく…。過ぎ去った無頼の日々が今、蘇える。正義を語るな、無頼を生きろ!

映画「無頼」
監督:井筒和幸
出演:松本利夫(EXILE) 柳ゆり菜 中村達也 ラサール石井 小木茂光 升毅 木下ほうか
主題歌:泉谷しげる 「春夏秋冬〜無頼バージョン」
製作・配給:チッチオフィルム 配給協力:ラビットハウス 
2020年/日本/146分/カラー作品/ビスタサイズ/5.1ch/R15+
※12/ 25(金)よりKBCシネマ1.2にて公開

■映画「無頼」公式サイト www.buraimovie.jp
■映画「無頼」公式twitter @buraimovie2020
■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム