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フライング・ポストマン・プレス 名古屋版

2017/10/12

絶賛公開中!映画『エルネスト もう一人のゲバラ』主演・オダギリジョーさん、阪本順治監督インタビュー

メイン候補1

 

弱者のために立ち上がったキューバ革命の歴史的英雄チェ・ゲバラ。ボリビア戦線で、ゲバラと共に行動し、志を貫いて殉じていった唯一の若き日系人がいた。彼の名はフレディ前村ウルタード。

日本とキューバの合作映画である阪本順治監督の『エルネスト もう一人のゲバラ』は、激動の時代を駆け抜け、祖国ボリビアでの抵抗運動に身を投じたフレディ前村の生涯を描いた、胸を熱くさせる“青春映画”だ。

主演のオダギリジョーさんと阪本順治監督に、映画に込めた想いを聞いた。

 

 

 

 

―監督とオダギリさんの強い信頼を感じる本作、制作までの経緯を教えてください。

坂本:まず、2013年の後半にフレディ前村さんの存在を知り、プロデューサー達と映画を作ろうという話になりました。通常は相手国の民間プロダクションと契約するケースが多いのですが、キューバには民間プロダクションがないので国の機構と合作しなくてはならない。2014年6月にとりあえずキューバに行ってみて、そこで映画制作を決心しました。ちょうどその時、別件でオダギリさんにメールをする用事があったので連絡を取ってみると、なんと、彼もたまたまキューバにいたのです!こういう偶然というのも実は大切なもので。そんな奇跡的な偶然と、フレディの人となりを知れば知るほど、僕にとっての普段のオダギリさんの姿や、俳優としての役への向き合い方などがフレディと重なる部分がいくつもあったので、彼に出演をお願しました。まだ脚本も出来ていなくて、簡単な構成と、ご家族が出版されていた「革命の侍」という書籍の2つを居酒屋で渡して、その場で返事をもらいました(笑)。

 

―その時、オダギリさんはどのように思われましたか?

オダギリ:「また、凄い作品に手を出そうとしているな」と思いました。それは僕にとってはとても嬉しいという意味なんです。ある程度の集客が見込めるものしかお金が集まらない今の日本映画界の中で、監督やプロデューサー陣の強い気持ちが動かしているこの作品は、まさに革命のようなものだと思いました。そんな作品へ参加できることに、とてもワクワクしました。

 二人のインタビューカット

 

―フレディ前村さんに、どのような印象を受けられましたか?

オダギリ:原案の「革命の侍」の中にも“侍”という言葉が使われているように、僕も彼には日本的なもの、“侍スピリット”のようなものを感じました。ボリビアで生まれ育った彼に、日本的な精神を残したのは鹿児島出身のお父さんの影響だろうし、その精神を表現する事が僕の仕事だと思っていました。

 

―フレディはスペイン語を話しますし、見た目、国民性の違いなど、演じる上で意識をした点は?

オダギリ:おっしゃられたことはもちろん全て意識するポイントになりますし、それに加えるとしたらやはり内面、精神的な面ですね。医師を志していたフレディが、ボリビアの戦地に向かう気持ちが固まっていくまでの流れや、過酷な状況の中、命を懸けて戦っていたゲリラ戦での気持ちを想像すると、現代の日本で生暖かく生活する自分とは全く違う。普段の自分が残っているとフレディに届かないと思ったので、「どれだけ現代の自分の要素を省いていくのか」ということが大切でした。

 ジョーオダギリ・インタビューカット

 

―相当追い込まれたのでしょうか。

オダギリ:追い込むというより、置き換えられる状況を作り出すという事だったと思っています。例えば体重を落とす過程の中で、登場人物があのゲリラ戦の環境下、食べるものも十分になく戦っていたのだということを想像する。そうすると、食事制限をして、運動やランニングで10キロ落とすことぐらい何でもないですよ。よりつらい状況に身を置く事が、フレディ達の内面に少しでも近づく事が出来るような気がしていました。スペイン語にしても同様で、どれだけ難しく艱難であったとしても、逃げ出したり、投げ出したりしないということが、解放運動に向かって行ったフレディの内面にもあったのだろうと思いますし。そういう意味では追い込んだと言えるのかもしれません。

 

―キューバとの合作で苦労されたことは?

坂本:私は合作の経験はこれまでにもあって、今回のキューバで5カ国目になるので、やり方が通じない場面もあると重々分かってはいました。ただ、キューバは社会主義国なので、あらゆることに許可と承認が必要になる。その主導権を握っているのがラウル・カストロ議長、キューバのトップの判子が必要なんです。やはり思うように許可が降りず待つ事も多く、予定ではもう少し順調にいくはずのことが遅れることもあったので、何度もスケジュールや脚本を変えなければならなかったことが1番大変でした。でも諦めることは決してしたくなかったので、挽回できることを考え、時には脚本のない場面を撮影することもありました。

 

―柔軟な対応を必要とする現場だったのですね。

坂本:オダギリ君も海外での経験が豊富なので、そういった場面は理解してもらい、スケジュールを変更して急遽撮影ということもありました。ただ、セリフだけは覚えるのが大変なので増やさないように。

 監督インターンカット

 

—チェ・ゲバラを演じられた、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタさんはどのような人物ですか?

オダギリ:僕よりもかなり年下なのですが、とても貫禄があって、穏やかで静かな佇まいなんです。広島のシーンの撮影のために、彼も東京に宿泊していたので、東京の印象を聞いたのですが、「六本木とか新宿とかはあんまり好きじゃなかった、一番良かったのは広島だった」と答えたんです。他のキューバの俳優達は六本木や新宿が面白かったと言っていたので、彼だけはなんかちょっと違うんだなと少し意外に感じたのを覚えています。そういうタイプの役者だから、作品にもとことん真面目に向き合っていました。誠意を持って芝居をしていましたし、作品自体にリスペクトを持って現場に来ているということが、一緒にいるだけで伝わってくるような役者でしたね。

坂本:僕も、ゲバラ役オーディションの50名ほどの中で、同じような印象を彼から受けました。みんなゲバラのモノマネをするんですよ。そんな中、彼の演技はぎこちない。彼の本業はダンサーでありフォトグラファーなんです。だから他の人のように上手にモノマネが出来ない、そんな小細工ができないところが良かった。他にも、控え室で他のオーディション参加者がワイワイやっている中で、彼だけ一人暑いから裸になって僕に背中を向けてポツンと座っていたんですよね。その背中の丸みが、僕が写真で見たゲバラの背中の有り様にそっくりだった。そうした静かな佇まいに、ゲバラ本人もこういう姿だったのではと思わせるものがありました。

 

—キューバで心に残る思い出は?

坂本:ラテンアメリカの人達と組んだのは初めてで、彼らの寛容な姿勢には助けられました。予定通りに進まなくても、撮影の日の朝晩に必ず、男性スタッフは抱き合い女性スタッフは頬にキスをして、みんなで挨拶をするところから始まるんです。日本人27人、キューバのスタッフは100人。挨拶の時間で1カット取れたんじゃないかとも思いましたが(笑)。この儀式みたいなものにグッと来たところはあります。あと、僕が助かったのは食料が足りなくてどんどん痩せていった時。ホテルの掃除のお姉さんが凄く気にしてくれて、撮影がない日にホテルの部屋にいるとサンドウィッチ片手に部屋に入ってくるんです。「食べなきゃだめよ。本当に美味しいよ」と、自分で一口食べてから差し出して、食いさしかよっていう(笑)。でもそれが本当に笑えたし、気にしてくれているんだと思うと嬉しかったですね。逆にそんなことも支えになるくらい、撮影では普段と違う脳みそを使って、神経をすり減らすようなところもあったんです。

オダギリ:僕は、フレディが初めて怒りを表に出すシーンがあるのですが、そのシーンを終えた時にみんなが拍手をしてくれたことですね。海外での仕事というのは、誰も僕の事を知らないところから始まり、芝居1つ1つで自分はこういう役者ですと自己紹介していくようなものだと思うんです。全く余計なイメージがない中で、自分の芝居だけで判断してもらえるのはとてもフェアーだと思いますし、あの時のように拍手をしてもらえた事は、俳優としても人間としてもみんなに受け入れてもらえたような嬉しさがありました。

 

 

 

 

【STORY】

1959年7月24日、外務省の中南米課のもとに1本の電話が入る。日本を訪問していた“エルネスト”・チェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)らが急遽、広島へ向かったという。ほとんどの記者が興味を示さずにいたが、唯一地元の中国新聞社・森記者(永山絢斗)だけが取材に同行。ゲバラは、原爆ドームや原爆資料館などを訪れ、こう感想を述べるのだった。「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」と。

それから数年後の1962年4月、ひとりの日系人青年がキューバの地に立っていた。愛する祖国ボリビアのため、医者になることを決意し、ハバナ大学の医学部を目指してやってきたフレディ前村(オダギリジョー)である。20歳の彼は、ハバナ大への入学を前に、最高指導者フィデル・カストロ(ロベルト・エスピノサ)によって創立されたヒロン浜勝利医学校で、医学の予備過程を学ぶこととなる。1963年の元旦に憧れのゲバラが学校にやってきて、フレディは個人的に話しかけた。「あなたの絶対的自信はどこから?」。ゲバラは答えた。「自信とかではなく怒っているんだ、いつも。怒りは、憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」。

そんな矢先、母国ボリビアで軍事クーデターが起こり、フレディは『革命支援隊』に加わることを決意する。ある日、司令官室に呼ばれ、ゲバラから戦地での戦士ネームである、“エルネスト・メディコ”という名を授けられ、ボリビアでの戦いへと向かうのだった……。

 

 

<映画詳細>

日本・キューバ合作映画

映画『エルネスト もう一人のゲバラ』

出演:オダギリジョー 永山絢斗 ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス

脚本・監督:阪本順治

製作:キノフィルムズ/RTV COMERCIAL 

原案:マリー・前村・ウルタード、エクトル・ソラーレス・前村「チェ・ゲバラと共に戦ったある日系二世の生涯 革命に生きた侍」(キノブックス刊)

配給:キノフィルムズ/木下グループ

©2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.

 

公式HP:http://www.ernesto.jp

Twitter:https://twitter.com/ernesto_movie

 

TOHOシネマズ名古屋ベイシティ他にて大好評上映中!!

 

 


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