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東北ライブハウス大作戦【2】Column

あの経験を自分の中で止めてちゃダメ。
そこから何かを得て成長していかないといけない。

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――そこからは途方もない作業だったとお察しします。

「ゼロ以下からのスタートなんで壁はあって当たり前だけど、苦労はないかな。自分の意志で、自分の足で、自分の情報ツールで集まれる場所。それが復興に繋がるとも感じていたので、“ライブハウス”を作りたかったわけではないんです」

――“場所”を作りたかった。

「そうです。そこで僕ができることはライブハウスだったということです」

――何度もご自身の無力さを痛感されましたが、アウトプットした時のパワーはすごいですね。私を含め大半の人が“何かやりたいけど、何をやっていいかわからない”と思ってるはずです。

「何をしていいのかわからないっていうのは、自分で窓を閉めているだけなんですよね。“こんな自分でも何ができるか”ってことを掘り下げないとダメだと思うし、何もできない人はいないと思う。行動に移さないといいのか悪いのかもわからない。もし間違えれば次で修正すればいいだけのこと。この活動を通して、楽しい場を作れたり、そこに雇用が生まれたり、インフラの整備が加速されたりすることはもちろん大事ですが、テレビやネットの情報だけで知った気になってる人たちにも発信したいと思っていました。実際動き出して感じることの素晴らしさみたいなもの、それはまさに音楽のライブの現場と一緒です。ライブ映像で僕は一切心が動かない。現場で体感して初めて得られる感動がありますよね。40過ぎてダラダラと生きてきたおっさんが必死でやったらこんなことができるんだよってことを見せつけないとダメだとも思っていた。とは言え、そんな大それたことをやっているつもりはなく、あのライブハウスはみんなで作ったライブハウスだと思っています」

photo4――それにしても2012年の8月に2カ所、10月に1カ所のライブハウスが完成しました。とても速いですよね。

「とても急いでいたので、速かったかどうかは判断できないです。しかも復興の尺度はそれぞれ違うので。一昨日も岩手にいたんですが、何にも変わってないんですよね。もう元通りにはならないと思う。だっていなくなった人がいっぱいるんだもん。だからこそ新しいものを作らないといけない、と切り替えてやってました。みんなで共有しないといけないことばかりだったので、いつの間にか“被災者”や“被災地”って言葉も使わなくなった」

――仲間意識ですね。

「“生活が一変した”って東北の人たちが言うと、“俺も”って言いますもん。あんなのもうコリゴリだって思いますが、あの経験を自分の中で止めてちゃダメだと思う。そこから何かを得て成長していかないといけない。止まっている人もたくさんいるので、ライブハウスや音楽、人を通じて個々の自立に結び付けていけたらと思います」

――ずっと続きますよね。問題は山積ですし。

「たまに“ライブハウス大作戦はいつまでやるんですか?”って聞かれるんですが、それは僕にとって“いつまで生きるんですか?”と同じ質問で。クローズをめざしてやってるライブハウスはないじゃないですか。いつも“人と街と世代を繋げる場”と言ってますが、それぞれの地域で色を出してライブハウス自体が育っていかないと成り立っていかない。ただの“貸し小屋”ではなく、地域の人たちと育てていくもんだと思っています。敷居を低く、カラオケ大会でも幼稚園のお遊戯でも使って欲しい。人や地域が繋がれる場、この活動で遠方の人たちとも繋がれた。若い人たちがバンドを作って世代を超えて繋がりが持てれば最高ですよね」

――震災後、個人的にも感じたことですが、“自分の持ち場”があることは幸せですよね。

「そうですね。僕のレギュラーバンドは特にそうなんですけど、大都市の大きなホールにお客さんを“呼ぶバンド”じゃなく、お客さんのところへ“行くバンド”と一緒に活動ができてよかったと思ってます。プロジェクトを立ち上げてからの賛同や協力体制をとても感じる。現在、新しいプロジェクトとして福島の猪苗代湖の湖畔に自然エネルギーで使用できる野外音楽堂を作っています。今年の夏前にはお披露目できればと思うので、こちらも注目してください」

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――今の心境はどうですか?

「疲労感も生きていればこそ実感できるので、このプロジェクトに生かしてもらってる実感があります。TOSHI-LOWも言ってたけど、自分の居場所、生きている実感をこんなにも得た4年弱はなかったですね。ケンカも繰り返し、自分のダメさ加減も実感した。全然かっこつけるわけじゃないけど、いつ死んでもいいやみたいな生き方しかしてこなかったので。15の頃からライブハウスにいて、そこ以外を知らないからそれ以外できないんですよ。今思うのは、だからずっとライブの現場に携わる仕事をやってきたのかなって。震災がなかったらそんな風にも思わなかっただろうけど」

――最後に聞きたかったこと。現場で、“ライブハウスを建てる前に他のものを建ててくれよ”的な意見はなかったのですか?

「“ライブハウスより先にやることあんだろ”って人がいたとしても、俺はコンビニやインフラを作れないんですよ。でもライブハウスを作ったらその向かいにコンビニができ、ライブがある日はバスが増便されるんです。人が集まるってそういうことなんですよね。オープンした時もすごくうれしかったですけど、もっとうれしかったのは、工事中に自動販売機ができたこと。何にもなかったところに自動販売機の灯りが付き、“ここに人がいるよ”って証みたいだった」

西片 明人(にしかた あきひと)
ライブサウンドエンジニアチーム「SPC peak performance」代表であり、東北ライブハウス大作戦・作戦本部長を務める。’86年よりPAとして活動をスタートさせて、’97年にHi-STANDARDの専属PAとなり、’00年に「SPC peak performance」を設立。BRAHMAN、HUSKING BEEなど、数多くのライブバンドのツアーの帯同をしている。
http://www.livehouse-daisakusen.com/

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