エンターテインメントフリーペーパー フライング・ポストマン・プレス

フライング・ポストマン・プレス 関西版

2017/10/06

【インタビュー:行定勲】 構想12年の歳月を経て映画化された『ナラタージュ』(10月7日公開)。行定勲監督が恋愛映画への鋭く熱い思いを語り尽くす。

図3

キャッチ

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リード

 

 

―― 今作の映画化の企画は、原作が発表されてから10年以上もあたため続けていたそうですね。

 

「最初に映画化のオファーがあったのは『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)の後で、2005年ですね。『世界の中心で、愛をさけぶ』よりもうちょっと上の世代の恋愛を描いたら面白いんじゃないかということでお話をいただきました。今作のヒロインは大学生なので、“大人の恋愛の入り口”みたいなイメージの映画にしてほしかったようです。でも、僕は、この小説で描かれているのは、“大人の恋愛の入り口”とか、そういうことではなくて、明らかに“男と女のどうしようもなさ”だと思ったんです。そういう映画が作れるんだったらやりたいなと思っていました」

 

―― 原作を読まれた時、監督はどんなことを感じたのですか?

 

「非常に筆圧の高い性的な情熱のようなものを感じました。こういう恋愛小説を当時、弱冠20歳だった島本理生さんが書いたというのはひとつのエポックと言ってもいいぐらいで、非常に興味深かったんです。この物語のヒロイン・工藤泉は、10歳以上離れた年上の男(=先生)の人に惹かれていく。その男性には奥さんがいて、傷ついた過去がある。泉は戸惑いがありながらも、もしかしたら彼を孤独の中から救い出せるんじゃないかと思うんです。大人はそんなことはできないと諦めますが、泉は諦めない。それは彼女が若いからです。それが的確に描かれている小説だと感じました。それは、(執筆当時)20歳の島本さんが書いているから余計にそうなんです。もっと年上の大人が書くとこの視点には絶対にいかない。だから、これはとんでもない小説だぞと。これが映画にできたら面白いと思ったんです」

 

―― 具体的に監督の中ではどのような構想が生まれたのでしょうか?

 

「映画っていうのは、撮るとだいたい綺麗になっちゃうので、なるべく綺麗事じゃないものにしたいと思いましたね。泉は学校の中で居場所がなく、死にたいと思うほど孤独でした。そんな泉に葉山先生が声をかけて救ってくれたわけです。彼もきっと何か共鳴するものを感じたからで。根本にはふたりの魂の邂逅があったんだと思います。だけど、人間にはエゴがあり、欲望があります。“この人を自分のものにしたい”、“振り向かせたい”とか、“自分が救ってあげられるんじゃないか”と思うわけです。それは綺麗事じゃないんです」

 

―― 確かに、湿度の高いエロティックな要素もあるし、人間の醜い面も映し出していて、生々しさが感じられるシーンもありますね。

 

「生々しさという点では、曖昧な男に対峙した時の女の視線、嫉妬に狂った男の態度もそうで。こんなにひどい事になっちゃうの?っていう違和感があるものが僕は本当の恋愛だと思うんです。相手と真剣に向き合っているからこそ。でも、現代の人間関係はスマホ化されて、そういうもの(生々しい恋愛)から遠ざかっていってますね。LINEではお互いの距離は何も縮まらないんです。それは深め合う態度ではない。LINEのようなSNSのスピードでは人の気持ちは回収されないまま流れていってしまうんです。でも、恋愛は気持ちが停滞してないといけない。停滞してるから、お互い見つめ合ったり、息苦しかったりするんです。それによって、お互いを深めることができるんですね。そこはすごく重要です」

 

―― 今回のキャストについてお聞きします。葉山先生を松本潤さんが演じているというのも大きな話題ですね。

 

「松本くんをキャスティングしたのは非常に大きな意味がありました。葉山先生には“わからなささ”があるんです。彼女(泉)は、先生の気持ちが『わからない』と言ってるんですから。この“わからなささ”を演じる松本潤っていうのはすごく重要なんです。松本潤は嵐のメンバーっていう存在で、パブリックイメージもがっつりあって、どの役をやっても彼は彼なんですよ。彼のキラリとした強さというものに魅力がある」

 

―― 役作りについて、松本さんとはどのようなお話しをされたのですか?

 

「彼は、『なんか面白そうな気がするんですが、僕はどうすればいいのか、監督の言葉で決めたいんです』と言ってきたので、『この役は、“輪郭をぼかす”っていうことがすごく重要なんだよ。君の120%の眼光を40%にしてくれ』と話しました。なぜそうする必要があるかというと、泉に見えた先生から発する光は100%ではなく40%ぐらいで。彼女はそのわずかな光に惹かれていく。その光を10%でも20%でも引き上げてあげられるんじゃないかと思うんですね。それが“若気”だという話をしました。『その若気を引き出すのはあなたなんだから。あなたの役が重要なんです』っていう話をしたら、『なんか面白そうです。今までにないクリエイティブですね』と言ってくれました」

 

―― 確かに、今作の松本さんの切なく弱い表情は今まで見たことがないものでした。

 

「彼のチャームポイントの濃い眉毛を隠すように前髪を作り、メガネをかけて、どんどんフィルターをかけていったんです。その中に陰鬱なことがちょっと見え隠れすると我々は興味を抱きます。今までと違う顔をしてるから、“何なんだろう?”って。そのために、今までの彼の演技の分かりやすいところを全部排除しました。でも、彼は彼なんです。その存在は大きくて、それがひとつの軸となって映画が走り始めたんです」

 

―― 泉を演じた有村架純さんはいかがですか?

 

「有村さんは芯が強くて、女優になるためにすごく頑張ってきた人です。そうやって国民的な女優の地位にたどり着いて。今ここで勇気を持って、自分には分かり得ないものに挑戦してくれたんです。最初、『このような深い恋愛をどう演じればいいかわからないし、不安です』と話していたので、『大丈夫、あなたが女優であることでもう十分だよ』と伝えました。『松本潤や坂口健太郎と対峙した時、自ずと感情が生まれるはずだ。それはシナリオに書いてあるんだよ』と。『それを体現した時に生まれてくる素直な感情を絶対に掴んでほしい。それを僕は見てるから』って。『じゃあ、やってみたいです』って言ってくれて、撮影に入りました」

 

―― 今作のロケ地は富山なんですね。東京のような洗練された都会の風景とは明らかに異なる情景に引き込まれます。

 

「この映画を撮る時、まず主人公たちの環境作りから始めました。東京では喧騒が邪魔なんです。富山県は瓦屋根のある街並みで学校もちゃんとあるけど、人もあまりいなくて閑散としている。海辺は決して美しいだけではなく、漂着物があって汚れている。そういう風景の中を葉山先生と泉が歩いている。町には物寂しい路面電車が走っていて、それに乗れば20分ぐらいで先生のところに行けるのに、泉はあえて乗らなかった何年間がある。そんな物語の背景が撮れる場所を見つけたことは大きかったですね」

 

―― 監督が今回の撮影で重視したことは?

 

「一番重要だったのは、“視線を交わし合う”っていうことです。相手をまっすぐ見つめるのか、お互い見てなかったんだけど、ふっと横を見たら、彼が自分を見てたっていうのでは随分意味が違いますよね。自分が先に見て、その視線に先生が気付いて振り返ってくれた。そこで運命的なものを感じる。でもそれが恥ずかしくて自分は視線を外す。この映画は、そういうひとつひとつのしぐさに感情がちゃんとついてきてるかどうかということが重要なんです」

 

―― 泉と葉山先生が会話するシーンには間があり、そこに感情が滲み出てるように感じました。

 

「うん。台詞が少ないですからね。それは(役者の)表情を見せたいからです」

 

―― 映画の中で映画を観ているシーンが出てくるのも印象的でした。

 

「先生と泉はかつて映画の貸し借りをしていて、そこで何気ない会話をします。あれも、さっき言ったLINE世代に届けたいところですね。昔、恋人同士がデートで映画をよく見に行ってたのは好きな人と同じ価値観を共有するためなんですよ。同じものを見て、『良かったね』っていうか、『わからない』っていうかで、その人のことがわかるんです。この作品では、先生の方がヨーロッパ映画が好きで、泉はそれを貸してもらって観るんだけど。その中にはフランソワ・トリュフォーなんかもあったりして、難しいけど一生懸命観てる。泉にはまだ幼さがあるけれど、時には先生をハッとさせるような言葉を言ったりする。そうやってお互い影響しあうことで、恋愛の充実感が得られていくんです」

 

―― 『浮雲』という古い邦画も出てきますね。

 

「あの映画にはひとつのヒントがあるんです。僕は中学生の頃に観ました。名作だと言われてたし、映画に興味があったので。当時はさっぱりわからなかったんですが、美しい映画だなって思ったし、女優さんの声がいいなとか、佇まいがいいなと感じました。あの映画には戦後の闇の中で迷ってる男女が出てきます。“男と女のどうしようもなさ”を描いていて、現代にも通じる普遍性があります。そういうものが島本理生さんが書いた『ナラタージュ』の中にもあったんです。人は迷うし、どうしようもないことはあるんです。映画は、現代の批判から作られます。今、“不倫しちゃいけない”って断罪するような風潮がありますね。あれがものすごくナンセンスに感じます。男女の関係の上っ面だけ見てて、彼らの背景に何があるのか、誰も深く掘らなくなってきてる。僕はこの『ナラタージュ』は絶対に上っ面だけの映画にはしたくなかった。そのために、役者たちが自分で考えて登場人物の苦悩を表現してほしかったんです」

 

―― 全体的にゆったりとした時間の流れや静けさを感じますが、中には気持ちが激しくぶつかり合うシーンがありますね。

 

「泉と先生の関係は抑圧されているので、水面下ではものすごく揺れています。それが表に出てくると、大きくなるんです。特に後半、小野くん(坂口健太郎)の感情が露呈するシーンでは、あのふたり(先生と泉)の曖昧さをものすごく浮き彫りにします。自分の方がちゃんと具体的に(泉への愛を)提示しているのに、なんで曖昧な(先生の)方を選ぶんだと。彼にとってこの不可解さは大きいし、絶望ですよね。だから怒りを抑えきれず、『お前、土下座しろよ!』って言ってしまうんだけど、泉はなんの躊躇もなく土下座するんです」

 

―― 強烈なシーンですね!そういった3人の関係性を生々しく映し出していき、映画のラストは原作とは違う展開となっていますね。

 

「10年かかって作ってきた中で見つけ出したのがあの形です。原作者の島本さんも、『映画ではこっちの方がいいですね』と言われていました。未来は観客に委ねるわけですけど、なるべくわかりやすくしようと思いました。泉が先生からもらった懐中時計がひとつのメタファーになっています。泉はあの時計を先生が巻いた分だけで止めていて、雨を見るたびに止まった時間(=先生のこと)を思って、彼女はそこから動けなかったんです。最後は降っていた雨も上がります。それを観て何を感じるかは人それぞれですが、僕はひとつ未来を示唆できたかなと思っています」

 

―― 今作は監督にとって、どういう作品になりましたか?

 

「僕は恋愛映画を何本か撮ってきたんですけど、その中で、ひとつの集大成になったかな。そんな風に思えます。観客にちゃんと向き合って観てもらえる映画を作りたかったんです。一時的に話題になって、すぐに忘れられるようなものじゃなくて、もっと長い間、たくさんの人に観てもらえるものにしたかったんです。それを実現するために10年はかかりました」

 

―― 昨今の恋愛映画にはない異質な感触があり、見終わった後もずっと余韻が残っています。この映画の中で触れた感情が自分の心の奥で眠っていた感情とリンクしました。

 

「ありがたいですね。観る人それぞれで違う感じ方があるかもしれませんが、自分が体験してきた恋愛を通してすごく考えてきた人、苦しんだことや後ろめたいものがある人にはビンビン響くと思います。この映画は、『難しい』とか『ハードルが高い』という人もいます。でも、観客もそのハードルを飛び越えることが喜びじゃないのかと思うんだけど…。全部がわかんなくても、なんか掴めるものがあったら、また観てみようかなって思うかもしれない。そうして、しばらくしてもう1回観た時に気づくこともあって、自分自身の成長がわかったりするんじゃないかな」

 

Interview & Writing by  エイミー野中

 

 

 

 

 

 

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行定勲(ゆきさだ いさお)

 

1968年生まれ、熊本県出身。2000年『ひまわり』が、第5回釜山国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。’01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし一躍脚光を浴びる。’04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』(05)、『春の雪』(05)、『クローズド・ノート』(07)など、精力的に作品を製作し続けている。映画公開待機作は、岡崎京子原作の『リバース・エッジ』(2018年公開予定)

 

 

 

 

 

 

 

 

『ナラタージュ』

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 大学2年生の春。泉(有村架純)のもとに高校の演劇部の顧問教師・葉山(松本潤)から、後輩のために卒業公演に参加してくれないかと、誘いの電話がくる。葉山は、高校時代、孤独な泉に居場所を与え、救ってくれた教師だった。卒業式の日の誰にも言えない葉山との思い出を胸にしまっていた泉だったが、再開により気持ちが募っていく。二人の想いが重なりかけたとき、泉は葉山から離婚の成立していない妻の存在を告げられる。葉山の告白を聞き、彼を忘れようと決意した泉は、自分を想ってくれる大学生の小野(坂口健太郎)との幸せに傾きかけるが、ある事件が起きる―。

 

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出演 : 松本 潤、有村架純、坂口健太郎、市川実日子、瀬戸康史

監督 : 行定勲 

原作 : 島本理生(「ナラタージュ」角川文庫刊) 

脚本 : 堀泉杏  

音楽 : めいなCo.

主題歌 : 「ナラタージュ」adieu(ソニー・ミュージックレコーズ)/作詞・作曲:野田洋次郎

配給 : 東宝、アスミック・エース

公式HP : http://www.narratage.com/

 

※10/7(土)より全国ロードショー

 

©2017「ナラタージュ」製作委員会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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