エンターテインメントフリーペーパー フライング・ポストマン・プレス

フライング・ポストマン・プレス 関西版

2017/02/06

戦後日本文学の金字塔を完全映画化!『沈黙―サイレンス―』舞台あいさつに 窪塚洋介さんが登壇@TOHOシネマズ梅田 (2017年2月4日)

DSC06595

 

会場はほぼ満席。にも関わらず、重厚で観た後に考えさせられる内容でもある作品の鑑賞後と言うことで、静けさの中スタートした今回の舞台挨拶。MCより「実はゲストの方、今皆さんと一緒に映画を観ていました。」と紹介され、場内がざわつきだす中、真ん中の客席辺りから立ち上がりスポットライトを浴びたのは、今作に出演した俳優の窪塚洋介だ。まさかの“サプライズ登場に、驚きの歓声と拍手が起こる中ステージへ上がった窪塚は「こんばんは、リーアム・ニーソンです。」とまずはジョークで会場を笑わせた。

 

 気を取り直して、この日の鑑賞が何回目の本編鑑賞かを聞かれると、「3回目です。1回目は仲間の演技や監督の想いにほだされ涙が止まらなかった。2回目はLA(のプレミア)でレッドカーペットを歩いた後に字幕なしのものを観て、空気感とか雰囲気を感じながら観て、だからこそ気づけた素晴らしさを発見でき、映画の懐の深さを感じて驚愕しました。(3回目は)皆さんと今日一緒に見ることができて、こういう形で観させて頂くのは初めてなので、タイトル通り終わった後は“沈黙”されているんだなと言うのを身に染みて、感じて(壇上に)上がって参りました。」 と感想を述べた。

 

 監督のマーティン・スコセッシについては「最後のシーンは原作にはない監督のアイディアで、それは世界にこの映画を届けるために作ったカットだと思うが、でもそのカットを入れたことで作品の真意は変わってないので、とんでもない作品を作り上げたと解釈している。世界で一番読まれている本である聖書を覆すような作品を世に送り出した監督と一緒に仕事ができて、よく『ハリウッドデビューおめでとう』と言われるが、そうではなくてマーティン・スコセッシ監督の作品に大きな、意味のある役で参加できたことが嬉しいし、本当に光栄です。」と賛辞を惜しまず、「(この作品への参加で)大きい扉の鍵が開いたような印象があるが、大きな扉は重いですから、簡単には開くような扉ではないので、その扉をグッと押しに行きたいと思っています。」と今作でのハリウッドデビュー、今後の飛躍への言葉を述べると、会場からは大きな拍手が起こった。

 

 映画への参加のきっかけについては「35歳を中心に前後10歳くらい(2545歳)の役者さん、有名な方も含めてみんながオーディションを受けたと監督が言っていた。僕は一回目にガムを噛んでオーディションに行ってしまって、その場で落とされるということもあったんですけど」と述べると会場からも驚きの声が上がり、続けて「それは“控室”と言われて通されたところ(が実はオーディション会場)で、今思うとちょっとハメられていたのかなとも思いますが、紆余曲折ありましたけど何とか役をつかむことができました。」と、何と一度は落選してからの、まさかの復活合格(?)だったというオーディション時の秘話を明かした。

 

ただそんな監督との撮影中との関係は良好だったようで「毎日キチジローの演技に喜んでくれて。1カット撮るのに大体10テイクくらいは撮る監督で、今回は100回近く撮ったシーンもあったんですけど、ボクに絡んでいるシーンは信頼してくれていて早く終わりました。一度一発OKのシーンがあって、いつも監督と仕事をしているスタッフが唖然としていたのは印象的でした。」と監督にもその演技が認められていた話を語った。

 

 DSC06639

 

<ここで舞台挨拶は映画を鑑賞したお客様からの質問タイムに。>

 

 Q. 多くの人が「弱い奴」と捉えているキチジローを強いと考えているそうですが、映画の中でそれをどう表現したか?

 

監督は凄く役者のことを誉めてくれて、だけど「グレート」「エクセレント」と自由にさせておいて「もう一回。」とカットを重ね、その多くの選択肢の中でかいつまんでかいつまんで自分の理想を表現する人。だから僕が思うものと映画に描かれているものは違うかもしれないけど、キチジローは結局一番わがまま。シンプルで馬鹿で思慮深くもない。雰囲気で踏み絵を踏むので、撮影中僕も“踏み絵マスター”って言われてたんですけど(笑)、でも自分自身に凄く素直な人間で、信仰ってそういうものなのかなとも思う。誰かに教えられたまますることではないし、自分の心のままに生きること、自分の中の神様と共に歩むっていうのは作品の中でも大事だと語られていると僕は思うので、キチジローは生まれながらにそう言うものを持っている役なんだと思っています。

 

Q. 後半、キチジローが踏み絵を踏みながらも、聖画を持っていたため捕らえられたシーンは映画オリジナルだと思うが、窪塚さんはどのように思いますか?

 

キチジローは思慮深くないので、神様を信じることと聖画を持っていることがイコールになっている。都合が悪ければ(信仰を)捨てるし(踏み絵も)踏むけど、基本は神様と一緒にいたいと思っている。だから(踏み絵を踏むと言う状況でも)聖画を持っていたんだと思います。

 

Q. イエズス会の方が映画を観て絶賛したそうだが、意外でした。改宗して人の命を救うという行為は信じることより人の命が重いということで、宗教を信じている人へのアンチテーゼにも感じたが、それについてはどう思うか?

 

監督は映画の中で神はいない、自分の神を信じろと言うところまでみんなを導こうとしているので、凄いバランス感覚だと思います。自分も同じようにアメリカ人がどう思うか考えたが、僕ら(日本人の多く)も一応仏教徒で、(意識はしてないが)一応仏教徒かな?と言う感じ。アメリカのキリスト教徒もそれと近い感覚になっているんじゃないかと思う。自分がアメリカに行った時に何人かに「自分なら、アメリカ人なら踏む?」と聞いたら「余裕で踏む」と言っていた(会場笑い)。それを聞いて撮影中に踏み絵について自分をからかうアメリカ人がいたことにも納得ができた。

 

DSC06590 

 

その後のフォトセッションでは、当初マスコミ関係者のみの撮影予定だったが、「これ皆さん(お客さん)にも撮ってもらった方がいいんじゃないですか?その方が絶対拡散します!その代わり思いを一言添えてSNSにあげてください。」と観客に対して“嬉しいサプライズ”も提供。撮影中には「こんなにマスコミの方が来られるとは思ってなかった。」と自身、そして作品への注目の高さを改めて実感したようだった。

 

「本当にありがとうございました。嬉しいです。ただでさえ参加できて嬉しい作品がこの国でこんなにたくさんの人に観て頂いて、ただならぬ映画なので、皆さんが今“沈黙”しているの中で、より良い明日がどんどん出来上がっていっていることを祈って、今日はマイクを置きたいと思います。」と締めの挨拶を行うと、MCからは「カッコいい!」の一言、そして客席からは大きな拍手が起こり、映画『沈黙―サイレンス―』の魅力を語りつくした、正に窪塚の“独演”とも言える舞台挨拶は終了した。

 

 

 

 

 

『沈黙―サイレンス―』

 

原作:遠藤周作「沈黙」(新潮文庫刊) 

原題:Silence 

監督:マーティン・スコセッシ 

脚本:ジェイ・コックス、マーティン・スコセッシ 

撮影:ロドリゴ・プリエト 美術:ダンテ・フェレッティ 

編集:セルマ・スクーンメイカー

出演:アンドリュー・ガーフィールド、リーアム・ニーソン、アダム・ドライバー、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシ 

配給:KADOKAWA 

Ⓒ2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.

 

★公式サイト:http://chinmoku.jp/

 

 

 

 

 


PR
2017.4.20号
monthly cover artist
デジタルブックを立ち読みする

フライング・ポストマン・プレス HOME