エンターテインメントフリーペーパー FLYING POSTMAN PRESS

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1988年3月にシングル『デーデ』&アルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』 でメジャーデビュー。2012年にはボーカル宮本浩次の突発性難聴によるライブ活動休止という最大の危機を乗り越え、今年デビュー30周年を迎えたエレファントカシマシ。レーベルを越え、初期から最新シングル『夢を追う旅人』まで、全30曲を収録した30周年記念ベストアルバム『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』のリリースを前に、宮本浩次が大いに語る。

新鮮に音楽をやるにはどうしたらいいか

――デビュー30周年を迎えた今の率直な心境をお聞かせください。
「デビュー30周年、バンド結成から36年ということなんですけど、ローリング・ストーンズのように偉大な、本当に格好いいロックバンドをめざして活動を始めたんです。そこから自分で歩んできた道ではあるんですけど、もちろん30年先のことは想像できなかったですし、自分たちの置かれている状況含め、音楽以外の部分でしみじみと思うことが多い気がしますね」
――ストーンズは長く活動してきただけでなく、時代に応じて音楽性を変化させてきたバンドです。そしてエレファントカシマシの音楽性にも幾多の変遷がありますよね。その変化の原動力についてはいかがですか?
「振り返ると、1997年に出したアルバム『明日に向かって走れ-月夜の歌-』は佐久間正英さんっていうものすごいプロデューサーと出会って、バンドにとってひとつの集大成と言える作品になったと思うんです。当時は30歳くらいでしたから、体も元気、心も元気という最高の状態で『今宵の月のように』を含め、アルバムをヒットさせることができました。その後どうするかっていうことで、『ガストロンジャー』が入っている2000年の『good morning』では打ち込みでアルバムを作ったり、2001年に出した叙情的な『暑中見舞 -憂鬱な午後-』はNYで小林武史さんとレコーディングをしたり。そこには時代の変化という要因もあるのかもしれないけど、それより気持ち良く、楽しく、新鮮に音楽をやるにはどうしたらいいかということを常に意識してきた結果だと思いますね」
――なるほど。
「そういう変遷がわかるように今回選曲をしているんですよ。初回限定盤にはライブ映像集が付いていまして、例えば、1994年にジャズ・トランペッターの近藤等則さんと一緒にやった『東京の空』という13分もある曲。アルバムには泣く泣く収録を見送ったんですが、同じ年に日比谷野外大音楽堂で近藤さんと共演した15分を越えるライブ映像を今回入れることができました。そこには、1988年に渋谷公会堂で会場の電気をつけっぱなしのままやった『ファイティングマン』や1991年に3000席限定の閑散とした武道館ライブで歌った『待つ男』だったり、貴重な映像も入っているんです。サウンドはもちろん、服装やヘアスタイルの変化も俯瞰で見ることができます。エレファントカシマシっていうのは、日本のロックの代表のひとつです。その歴史のダイナミックな片鱗が感じられるはずなので、初回限定盤はぜひ手にして欲しいですね」

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