エンターテインメントフリーペーパー FLYING POSTMAN PRESS

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「貫多の精一杯の叫びを聞いて、何かを感じて欲しい」

――カメラ前に立つ時には、“その人になりきる”という感覚なんですか? それとも、もっと客観的?
「その役になりきるというよりは、その役の背景を理解できるように、自分なりに楽しみつつ準備をしていって、あくまで“森山未來として”カメラ前に立てたらいいなと思っています。森山未來と役が重なるように…という感じかな。例えばこの映画で言うと、三畳一間の家でひとりで生活していると、本当に辛くなるんですよ。自然と外に飲みに行きたくなる。何もせずに眠りにつくと、何かが迫りくるような変な夢を見てしまうんです。嫌な汗をかいてしまうような、そんな夢を。そういう夢を見たくないがために、酒を飲む生活を続けてしまうんですよね」
――ごく自然な形で、その生活に行き着いてしまうんですね。
「はい。だから、森山未來として自然に役に重なっていける。現場に辿り着く前にそうなるのが一番かなと思っています」
――現場に入ってからはいかがですか? どんなことを意識して取り組むんですか?
「言われたことをやるということももちろん大事なんですけど、受け手に回るばかりじゃなく、自分からも発信していきたいなと思っています。と言うのも、映画の場合は舞台のように、1カ月ぐらい時間をかけて、スタッフとキャストみんなで準備していく、ということはまずないですよね。むしろ、キャストの方なんかだと現場で初めてお会いして、そのまま“はい、スタート!”ということが多い。だから、本来は共通認識を持っていなきゃいけないと思うんですが、それがなかなかむずかしくなる。だとすると、まずはそれぞれの意識をぶつけ合うところから始めなきゃいけないんですよ。今回もそうでしたね。僕だけじゃなく、日下部(高良健吾)も康子ちゃん(前田敦子)も、みんなそうだったと思うんですけどね。それぞれから発信されたものを、山下監督がまとめていってくれたという感じです」
――改めて、『苦役列車』はどんな映画に仕上がったと言えるでしょう?
「ダメ男三部作に始まり、『マイ・バック・ページ』のような毛色の違う映画を作られた後だからこその、成熟した“山下ワールド”が楽しめる映画だと思います。それから、いい意味で観ていただく方にショックを与えられる映画なんじゃないかなと。貫多は確かに曲がってはいるけれど、コミュニケーションは生身の人に対して求めるんですよね。それは昭和という時代のコミュニケーションとも言えるのかなと。多分、2012年で北町貫多という存在を描こうとすると、もっと鬱々とした、狂気をはらんだ存在になってしまうと思う。普通に生活していれば“見て見ないふり”をしてしまいそうな人が、この映画には確かにいて、何かを叫んでいる。その精一杯の叫びを聞いて、何かを感じていただけたらと思っています」

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